洗練されたダイナミクス、巧みなアンサンブル、卓越した首席奏者たち。アントニオ・パッパーノとロンドン交響楽団が3月5日にカーネギーで演奏会を行った。ロンドンのロイヤルオペラの監督を長く務めた後、パッパーノは2024年にロンドン交響楽団の監督となり、初のUSツアーの最後にカーネギーを訪れた。ニューヨーク・タイムスの記事には、彼がニューヨーク・シティオペラで働いていた当時のエピソードから「オペラやミュージカルではタイミングがすべてであることを悟った。ジョークはうまく伝わる必要があり、アクセントのある音節は正確でなければならず、ショーの成否は指揮者と監督の関係にかかっていた。」とあったが、ダイナミクスとアンサンブルが洗練されていて彼の言っていることは本当だった。イタリア移民でイギリスに生まれ、13歳でコネチカットに移住。声楽教師の父親と一緒にボーカルトレーナーとして働き近所の人からピアノを教わったそうだ。ということで彼は学校に行っていない。マンハッタンでリハーサルピアニストとして経験を積み、ダニエル・バレンボイムのアシスタントを務め、チャールズ3世の戴冠式で指揮をとり、イギリスとイタリアでナイトの称号を授与され、65歳となった今、ロンドン交響楽団の音楽監督となり、聴いた印象ではアメリカとドイツ系の音色やアンサンブルではない、ロンドン独特の個性を持った世界のオーケストラと肩を並べる面白さだった。ニューヨークでは一昨年にメトロポリタン歌劇場でマイスタージンガーとジュリアード音楽院でラフマニノフを聴いたが、ロンドン交響楽団の演奏の印象は特別だった。まず、音色がドイツやアメリカのオーケストラと全く違う。各首席のうまさも全く違う。なのに全体のバランスは統一感があり、アーティキュレーションもダイナミクスも鮮明で、ソロも個性が際立つ。プレイとしても作品としても味わい深く新たな感覚を知ることが出来、自分の記憶を上塗りすることなく充実した時間だった。就任1年でこの見事な演奏は、指揮者とオーケストラの関係では私の経験ではとても珍しい。一曲目のウォルカーのシンフォニア5番は作曲家の最後の作品で死後に2019年に初演されている。ナディア・ブーランシェに師事したそうだが途中でメシアンのようなコードが聴こえてきた。2曲目のバーンスタインのセレナーデではプラトンの饗宴から、パッサニウス、アリストパネス、エリクシュマトス、アガトン、ソクラテスと5つのエピソードでソロバイオリンとオーケストラが競演するが、それぞれのエピソードでは、ソロバイオリンと首席奏者たちのミニセッションがあり、彼らの個性をよく知ることができた。特にチェロとビオラの演奏が素晴らしかったし、コンサートマスターとセカンドバイオリンの首席の音色が世界のオーケストラの首席を凌ぐ美しさと演奏のうまさがあった。マーラーの交響曲1番ではそういった彼らの卓越した音楽性と実力がパッパーノの並外れたバランス感覚で遺憾なく発揮され、最近聴いたマーラー演奏の中でも特に面白かった。3楽章の出だしのコントラバスのソロが、いままで聴いたどんなソロよりも調子が外れていて、私のマーラーの印象がゼロに戻った気がするくらい面白かった。マーラー直後に感じたのは、この最高にチューンナップされたロンドンシンフォニーでベートーベンを味わってみたいと感じた。アメリカとドイツ系のオケには逆立ちしても出来ない面白さを見せてくれそう。ラトルにも無理な。
Performers
London Symphony Orchestra
Sir Antonio Pappano, Chief Conductor
Janine Jansen, Violin
Program
G. WALKER Sinfonia No. 5, "Visions"
BERNSTEIN Serenade (after Plato's Symposium)
G. MAHLER Symphony No. 1
byAntonio Pappano
セカンドバイオリンは特にうまい。こんなうまいセカンドセクション他にあるのか。
パッパーノとUSツアーの最後にカーネギーを訪れたロンドンのプリンシパルたち
マーラー1番直後。このチェロの女性の方がエルガーの協奏曲をやるのが見たかった。そのくらいうまかった。